エッセイ

今日も私は、自然を敬い、愛でて、癒やされる生活を送る

私は自然を信頼しています。

というか、私も自然の一部だと思っています。

「わこさん、突然何言ってんの??」

という声が聞こえてきそうですね(笑)

誤解のないように言いますと、宗教とか、あやしい思想の話ではありません(笑)

私の生活は、自然や植物に囲まれていて、それらに心理的な面でも助けられているのです。

自然や植物のおかげで、彩られているささやかな毎日。

今日は私の自然愛を語ります。

幼少期から「アニミズム」だった私

みなさんは、「アニミズム」ってご存じですか?

アニミズム」というのは

人間・動物・植物・天体など、すべての万物に霊魂が宿るとする考え方

のことで、人類学者のタイラーが提唱した考え方です。

今思うと、私はかなり幼い頃からアニミズムだった気がします。

例えば、

登校前に、お庭の木に毎朝「おはよう」と挨拶をしたり。

お茶碗をうっかり割って、泣きながら「ごめんね」とさすったり。

靴を脱ぐとき「今日もありがとう」と声をかけたり。

自然物だろうが人工物だろうが、どんな物にも「心」がある。

誰から教わるでもなく、万物に命が宿っていると考える子どもでした。

そして、もしそのことを周囲に打ち明ければ

「変な目で見られるのかもしれないなあ・・・」

とうすうす気づいている子どもでもありました。

だから、わざわざ公言したことはなかったんですね。

でも、小学生だったある日、祖母が玄関の三和土(たたき)を

「ありがとうございます」

と声かけながら水拭きしている場面を見ました。

その時に、私は

ああ、やっぱりどんな物にも命があるんだな

私の考えは、別におかしいものでも何でもないんだな

と自分の感覚に自信を持ったのを覚えています。

庭師の父の影響で、樹木に囲まれた生活

大人になっても、やっぱり私は

「自然」「植物」

を敬う気持ちが、人よりとても大きい気がしています。

花、岩石、山、水、泉、雷、太陽、太陽や月。

自然界のさまざまなものを大事に想っていますが、

中でも、一番気になるのが「樹木」。

樹木を見ると、重ねてきた年月の重みに胸が震えます。

うまく説明できないのですが、厳しい自然界で淡々と命を積み重ねてきたことを想うと、感動するんです。

それはきっと、庭師だった父の影響なのでしょうね。

私の実家は、広い日本庭園で囲まれていて、たくさんの樹木が植えられています。

どれも父が愛情を持って選び、育ててきたものです。

父が亡くなった後も、脈々と生き続ける樹木の生命力。

幼い頃から様々な樹木や植物に囲まれ、自然界の息づかいを間近で見てきました。

私の感性は、そんな中で育ったのだと思います。

近所の森林を散歩したり、神社の大木を見に行ったりと、日々樹木の息吹に触れている私です。

植物の色と香り

私は、自然や植物の「香り」と「」にも助けられています。

子どもの頃から、私の暮らしには生花が欠かせません。

と書くと、さぞかしおしゃれな感じに聞こえますが(笑)

自分の目に見える場所に、その時好きな花を飾って愛でているだけです。

でも、これだけですっごく心が満たされるんですよね。

色や香りから元気をもらえるし、癒やしにもなっています

これはもう長年続いている私の大切な習慣です。

価値感や思考は、その人だけの宝物

私の自然愛のように、人それぞれ大事にしている考え方・思考ってありますよね。

それってとても素晴らしいことだし、大事にするべき価値感です。

誰からも否定されるいわれはないし、その人だけの宝物です。

最近、そんな風に自分の価値感を堂々と抱きしめられるようになったので、今回記事にしてみました。

今日も私は、自然を敬い、愛でて、癒やされる生活を送ります。